04


「お主ら、ワシの女に何の用じゃ」

「妖様!」

どこからともなく現れたぬらりひょんが珱姫の腰を抱き、己の胸の内に引き寄せた。

「用なんてねぇだろう?蹴散らされたくなきゃさっさと散りな」

「あっ、鯉伴さん…」

ぽんと若菜の頭に鯉伴の手が乗せられ、若菜はそっと優しく肩を抱き寄せられる。

「優しく言ってるうちに消えねぇと本当に痛い目みるぜ」

「夜」

昼の隣に立った夜が止めを刺すように鋭い眼差しで言い放った頃には、声をかけてきた男達は本能で危機を察したのかすでに背を向けていた。

「ったく、ようやっと見つけたと思うたら…。今まで何処に居ったんじゃお珱?」

熱の集まる頬にぬらりひょんの指先が触れ、顔を上向かせられる。
珱姫は頬を淡く染めたまま、凛とした眼差しで応えた。

「夜ノ月の元に…」

「「は?」」

まるで予想していなかった返しにぬらりひょんと鯉伴が揃って間の抜けた声を上げ、夜一人だけが僅かに身を屈め、昼の耳元で囁く。

「月ノ夜堂か?」

「え、何で知って…?」

「ついこの間つららがな、お前とのデートに良いんじゃねぇかって。本当なら今日連れてってやろうと思ってたんだが」

「あ…、ごめん、僕」

「良い、気にすんな。次は二人で行こうぜ」

ん…、と夜の言葉に嬉しそうにはにかんだ昼に夜の表情も緩む。
しかし、意味が分からない二人は首を傾げ、鯉伴は若菜を見下ろし聞き返した。

「月が昇るにゃまだはえぇんじゃねぇか?」

「そうねぇ。まだ十一時を少し過ぎた頃だし。…あら、大変!そろそろ帰らないとお昼の支度が。買い物してから帰ろうと思ってたのよ」

ちょうど良いから鯉伴さん付き合ってもらえるかしら?と、若菜が鯉伴を腕の中から見上げ、頼む。

「あ、あぁ、そりゃ良いが…」

「じゃぁお願い。お義母さん、お昼の支度は私がするから少しお義父さんとゆっくりしてから帰ってきて下さいね。リクオもお昼には間に合うようにね」

「あ、うん…」

そうして若菜は鯉伴の腕を引き、誰かが止める間もなく自然な流れでこの場から離れて行った。

「そういうことなら俺達も行くか。三羽鴉、後は好きにしていいぜ」

「はっ」

夜は昼の背に手を添えると、もう片方の手を膝裏に回し、軽々と昼の体を持ち上げてしまう。

「わっ!?ちょっ…夜!?」

「しっかり捕まってろよ」

横抱きにされた昼は慌てて夜の首に腕を回し、散り始めた野次馬の中を夜はすり抜け、姿を消す。

「なんじゃあやつらは」

「あのっ、妖様…」

「ん?どうした?」

「帰るなら少し遠回りしていきませんか?」

気を使ってくれた若菜達に背を押され、珱姫は細やかなお願いを口にする。その誘いに、ぬらりひょんはゆるりと瞳を細めた。

「そうじゃなぁ。せっかく出てきたんじゃ。真っ直ぐ帰るのも味気ない。久々にデートでもするかの、お珱」

「っ、はい!」

ふんわりと嬉しそうに表情を綻ばせた珱姫の頬に添えていた指先をすと下へ滑らせ、肩に落ちる長い黒髪をひと房掬い上げる。
絹糸の様に滑らかな黒髪に唇を落とし、腰を抱いていた腕を緩めるとぬらりひょんはふと優しく笑った。

「ほんにお主は…」

続きの言葉は掠める様に触れ合わせた唇の向こう側に消えた。

「ぁ…妖さまっ!?人前で何を――!?」

「なぁに、誰も見とらんさ。さ、行くぞ」

人目を憚ることなくぬらりひょんは平然とした態度で珱姫の手を取ると歩き出す。言葉の通り、道行く人々が二人を注視することもなく、そばを通り過ぎて行く。

「そういう問題では…」

「ほら、何処へ行きたい?何処にでも連れていってやるぞ」

「もう……、景色の綺麗な所が良いです」

文句を言っても楽しげに笑うだけのぬらりひょんに、珱姫は諦めた様に小さく吐息を溢して返した。

その遥か後方、残された三羽鴉はやれやれと肩を竦める。

「誰にも何も告げずに屋敷から出られた時はどうなることかと思ったが」

「なるようになったな。しっかし、いきなり何だったんだ?」

意味が分からないと朝からの珱姫達のとった行動に首を傾げるトサカ丸。同じ様に眉を寄せた黒羽丸にささ美が鋭く切り込む。

「これだから男は」

「あぁ?」

「お前は分かるのかささ美?」

兄二人にささ美は推測した珱姫の思いと、忠告を添えて返した。

「息抜き、と言うのも本当だろうが珱姫様は総大将に気にかけてほしかったんだろう。だが、珱姫様はその様な我儘を口になさる方ではないからな。構われ過ぎもウザイが、放って置きすぎも別れの原因になる」

「そういうもんか?」

「なるほどな」

いまいち納得がいかないという顔をしたトサカ丸とは逆に黒羽丸は理解を示す。

「それで私達はこの後どうするんだ兄者」

「あぁ、リクオ様は好きにして良いと言っていたからな。ここで解散だ」

「ンじゃ少し遊んでから帰ろうぜ。ささ美もまだいるんだろ?」

「欲しい本があるからな」

黒羽丸を間に挟み、勝手に話は進んでいく。

「だったら尚更、俺達がついてねぇとあぶねぇじゃんか」

「トサ兄…、何の心配をしてるんだ?」

「何ってお前、さっきみたいなナンパ男に声かけられて相手を再起不能にしちまうんじゃないかって心配だ」

その台詞を聞いて、ひやりと漂いだした冷気。
黒羽丸は一つため息を落とすと口を挟んだ。

「…お前ら。喧嘩するなら俺は帰るからな」

その一声で途端に冷気は霧散し、トサカ丸とささ美は大人しくなる。

「まず行き先を決めろ。近い所から回ってさっさと帰るぞ」

何だかんだ言いながらも付き合ってくれる黒羽丸に弟と妹は顔を見合わせ、ふっと笑みを溢した。



end




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